写真の被写体の探し方

デジタルカメラを入手してみたものの、被写体を見つけられずにいつの間にかもてあまして、せっかくのカメラがほこりをかぶってしまっている、なんて方もいらっしゃるかもしれません。

でも多分、その人が気づいていないだけで、身の回りのどこにでも被写体になるものは転がっているものだと思うのです。

普段それが当たり前になってしまっているために、それらの素敵さに気づいていないだけ、かもしれませんよ?

ある地方の普通は他の地域の人の非日常

同じ土地に長く住んでしまうとその土地ならではの良さや特徴、他の場所にはないモノなどといったことが、ごく当たり前の日常に埋没してしまって、その良さに気づけなくなってしまうことが多々あります。

一度、生まれ故郷を離れてしばらく生活した後にまた舞い戻ってみたりすると、以前は気づけなかったものが見えてくる、なんてことは良くあるお話なのではないかと。

わたしはまさにこのパターンなのですが、生まれ故郷に戻ってみるとそれぞれの季節のありようそのものが何もかも素晴らしく思えました。

すごく単純に、単なる空の青さ、空気の澄み渡り具合だけでも感動してしまうとか。

そういったすごく何でもないところすら、土地が変わると全然何もかも違ってきてしまうものだったりします。

わたしの今住んでいる土地は冬の寒さが厳しいところです。

冬の特に冷え込んだ日には、川の水温よりも空気の方がずっと冷えているために、かなり派手に川霧が発生します。

そこだけ見るとまるで川に温泉でも流れているかのように。

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また、川面にはたくさんの蓮の葉氷が浮かびます。

橋の上から川面の様子を見ていると、蓮の葉氷が橋の橋脚に当たる音が響いてきます。

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これ、冬の寒さの厳しくない地方の人たちにとってはものすごい非日常感を伴う現象ですよね。

でも、わたしの住んでいる地方の人たちにとっては、これは冬の「日常」なのです。

この例はさすがにちょっと極端かもしれませんが、同じような状況は多分どこの地方にもある起こることだと思います。

人間はずっと同じ環境に置かれ続けると、どんなモノにも慣れてマヒしてしまいますから。

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他の人の写真が上手に見える

同じような原因から来るものとして、他の人の写真の方が常に自分の写真よりもよく見える、ということもあると思います。

これもやはり自分の写真は何度も何度も目にして慣れてしまいますから、自分とは目の付け所や切り口の異なる他の人の写真の方がよく見える、新鮮な感じを受けるというのは、ある意味当然の結果だったりするのかもしれません。

多分、写真に対する印象には、写真の出来そのものよりも、他の人の切り口の新鮮さの方が大きく影響するものなのだと思います。

これをうまく使えば自分の写真のレベルアップのために利用することも出来ます。

写真を趣味とする人でもいいですし、ある程度見る目のある人に自分の写真を見てもらって感想をもらう、それだけでもいい勉強になります。

絵を描く人の目線なんかも面白いと思います。

同じものを見て同じような作品を作る際にも組み立て方が全然違ってくるもので、それを聞くだけでもすごく楽しい経験になったりもします。

写真仲間と一緒に、写真の撮影会なんて肩ひじ張らなくてもいいですが、一緒に同じものを見て写真を撮って、結果をみんなで見せ合って感想を言い合う、それだけでも色々な発見があって、学びやレベルアップにつながります。

同じ場所で同じものを見ていたはずなのに、出来上がる写真の切り口は必ず異なって来るものですから。

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